2008年05月28日

名作は決して色褪せない…

NHK BS2で「バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3」が放送されていたので、
懐かしい気持ちを感じながら、久しぶりに見ました。

見終わって思ったこと。
それは「名作は決して色褪せない」ということ。
どれだけの時を経ても、決して失われないすばらしさ。
映画でも、音楽でも、小説でも、絵画でもなんでも。
名作はいつの時代でも、人々の心を震わせます。

そして、名作は僕たちに生きる力を与えてくれます。
「辛いこともあるけど、でも頑張ろう!」
そういう気持ちにさせてくれる何かがあります。
Doc :It means that your future hasn't been written yet.
No one's has.
Your future is whatever you make it.
So make it a good one. Both of ya!

ドク:人間の未来は白紙だからだよ。
   未来は自分次第でいくらでも変えられる。
   すばらしい未来を作るんだ。
未来はタイムマシンなんかなくたって変えられる。
だって、未来はまだ真っ白なキャンバスなんだから。
そこにどんな未来を描くのかは、僕たち自分自身なんだから。

【関係ページ】
posted by 葵日向 at 23:16| Comment(0) | TrackBack(0) | エンターテインメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月27日

運気の谷間…

昨日はよくないことばかり起こりました。

まず、晩御飯を作ってる途中で眠くなり、鍋を火にかけたまま仮眠
……見事に焦げました。

そして、パソコンの調子が悪く、勝手に再起動する病気が発生。
さらに、Cookieやデスクトップ付箋メモのデータが消えたりと悲惨。

最後には偏頭痛で苦しみながら就寝。
起きたらのどが痛かったり。
まだ、火曜日。1週間も始まったばかりなのに。
posted by 葵日向 at 07:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・近況 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月25日

F1モナコGP…

今回の「裏」チャンピオンシップは、非常に感情的な採点となるでしょう。

【以下、決勝結果バレあり】
タグ:F-1 2008年
posted by 葵日向 at 23:40| Comment(2) | TrackBack(1) | F-1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スマートインタフェース…

前回の「スマートプロダクト…」の続き。

多機能な製品は、得てして説明書が分厚くなりがちです。
分厚い説明書は読む気が起きづらく、結果的に読まれないことが多いです。
製品をより使いやすくするための説明書が、その効果を十分に発揮できてない。
では、どうすれば製品の持っている力を存分に利用してもらえるのでしょうか。
先日読んだ本に、次のような文章が書いてありました。
コマンド選択回数は少なければいいわけではない。いかにわかりやすく目的地に達するかがポイント。
時間のかからない不慣れな新しい方法より、時間がかかってもわかりやすい方法を選択するのです。
なぜなら、あれこれ悩まされるほうが、結果的に、ボタンをたくさん押して目的を達するよりストレスを生むからです。

なぜなら、ユーザはゲームの操作方法ごときで、考えさせられたりするのを好まないからです。

(ゲームデザイナーの仕事 プロが教えるゲーム制作の技術)
例えばウェブサイトの場合、なるべくクリック数を減らすべきだという考え方があります。
サイトの階層が深くなればなるほど、そこまで潜って読まれる可能性は低いというものです。
しかし、クリック数を減らすために分かりにくい手法をとるくらいだったら、
分かりやすくてもクリック数を増やした方が、ユーザにとっては使いやすい場合が多いでしょう。
なぜなら、「ユーザはウェブサイトの閲覧方法ごときで、考えさせられるのを好まない」からです。

多少冗長でも使いやすい手法を採用すること。
それが多くの人に快適に製品を使ってもらう秘訣なのかもしれません。
posted by 葵日向 at 14:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月22日

スマートプロダクト…

家電製品を購入するたびに思うこと。

「どうして、こんなに取扱説明書が分厚いんだろう?」

辞書のように分厚く、場合によっては数冊からなる説明書。
正直、読むのが大変億劫です。
あれを丁寧にすべて読んでいる人は、購入者の何パーセントでしょうか。

一方、文具や調理道具などは説明書がシンプルです。
製品のパッケージに、最低限の使用方法が書かれている程度です。
大抵の場合、その説明を読まなくても使用には困りません。
なぜなら、製品の機能・使用方法が直感的で明確だからです。

では、なぜ家電製品の説明書は分厚くなってしまうのでしょうか。
答えは、先ほどの例の裏返しになるでしょう。
つまり製品の機能が複雑で、かつ使用方法が多岐にわたるだからです。

例えば、ケータイ。
これはもう「携帯する電話」ではありません。携帯コンピュータです。
機能は多彩で、そのすべてを使いこなしている人は少ないと思われます。
当然、説明書は分厚く数冊あるため、読むのが億劫です。
昨今では、小学生がケータイを持つことも珍しくはありませんが、
あの説明書の分量は、とても小学生向きとは思えません。

さて。
では、もし「携帯する電話=携帯電話」があるとすれば、
その説明書はケータイよりもはるかに薄いだろうと想像できます。
もしかしたら、説明書はないかもしれません。
なぜなら、電話の機能・使用方法は日本人の常識となっているからです。
店頭の説明で十分だろうと思われます。

説明書の入っていない家電製品の例に、iPodが挙げられます。
iPodの機能は明快で「音楽プレイヤ」ですが、
その使用方法は、初めて使う人に少々戸惑いを与えるでしょう。
というのも、従来の音楽プレイヤとはユーザインタフェースに違いがあるからです。
つまり、音楽プレイヤの常識が通用しないからです。

しかし、それでもiPodが成功した理由として、僕が考えるのは、
最初の使いにくさを補って余りある魅力が、iPodにあるからだろうということです。
iPodを放置しておくと、うたたねから始まって、最後には深い眠りにつく
――これは驚くべき発想だろう。
だが現実の使用感としては、これが常に理想的な動作の仕方とは限らない。
iPodを買った人は、しばしば電源をオフにしようとして色々なボタンをデタラメに押しまくった末に、「再生」ボタンを三秒程度押し続けると電源が切れる(何だそりゃ?)ことを学習する。

(iPodは何を変えたのか? 第三章 オリジン(起源))
だから結論として。
製品が魅力的ならば、使い始めの不便さは許容されると考えられます。
しかし、説明書を読むという行為に魅力を感じることは難しいでしょう。
そんな暇があったら、一刻も早く製品をいじりたいと考えるのが自然ではないでしょうか。
よって、目指すべき製品の形とは、
説明書がなくてもいじりながら使い方を学習できるものだと推測できます。

でも、製作側としてはユーザから質問・苦情を受けた際、
説明の責任を放棄していないと示すことができる、
分厚い説明書を用意するのが安心なのでしょうね。
posted by 葵日向 at 00:20| Comment(6) | TrackBack(0) | 呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月15日

朱に交わっても、気高き青色のままで…

顔料の混色は減法混色と呼び、
色を混ぜれば混ぜるほど、「明度」と「彩度」が下がります。
また一般的に、三色以上の混色は「汚い」と言われてます。

さて、タイトルに戻ります。
上京して1年。
社会に出て働き始めて1年が経ちました。
仕事にもだいぶ慣れました。
しかし、この「慣れ」が一番怖いのだと、最近再確認しました。

仕事は現実的です。
そして、それ以上に経済的です。
理想主義では立ち回っていかないものです。
しかし、それにしても正しくないものが多い気がしています。

ベストでもベターでもなく、「ほどほど」を選ぶとき。
その場しのぎの、あまりよろしくない案が選ばれるとき。
何だか悲しくなります。
そして、そんな毎日に慣れ始めている自分に気づいて怖くなりました。

朱に交わることで、澄んだ青がだんだんとくすんだ紫になるような。

精神を、志を高く持たなくてはいけないと思いました。


朱に交わっても、変わらず以前のような澄んだ青のままでいられるように。
posted by 葵日向 at 23:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月13日

商売へのアプローチ…

電車の中、目の前に座っている人が読んでいる本に、
次のようなことが書いてありました。
何が売れるか分かれば、確実にもうけられる
確かに需要をしっかりと把握できれば、利益は上げられるでしょう。
しかし世の中には、「売れるけど正しくないもの」もあります。
一時的な流行で売れているけど、ただそれだけで、
そこに何かしらの考え、「思いやり」がないものがあります。
だから、僕は上記の言葉は「正しい」とは思えません。

僕が正しいと思う言葉は、
正しいものを作れば、きっと誰かがあとに続いてくれる」です。

正しいものは必ずしも売れるとは限りませんが、滅びることはありません。
その遺志は誰かに引き継がれ、いつか世界に受け入れられるはずです。
おそらく売れないものというのは、
時代を先取りしすぎたか、間違っているかのどちらかではないでしょうか。
posted by 葵日向 at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

F1トルコGP…

今回も家族とSkypeで話しながら観戦しました。

【「裏」チャンピオンシップ トルコGP】

・H.コバライネン:3
・L.ハミルトン:3
・T.グロック:3
・N.ロズベルグ:1
・G.フィジケラ:−2


コバライネンは序盤で優勝戦線から脱落したけど、
その後、オーバーテイクショーを魅せてくれたから。
何より、前回のレースから無事に帰ってきてくれたから。

ハミルトンも3ストップ作戦を上手く決めて楽しませてくれたから。

グロックはコバライネンとのバトルが面白かったから。
最終セクタのサイドバイサイドはすごかった。

ロズベルグはクルサードよりも重かったのに、
スタートで前に出て、見事にポイントをもぎ取ったから。

フィジケラは信号無視や大クラッシュなど、
良いところがなかったから。

【「裏」チャンピオンシップ 通産】

・G.フィジケラ:7
・F.アロンソ:5
・H.コバライネン:5
・F.マッサ:4
・R.クビサ:3
・T.グロック:3
・N.ロズベルグ:1
・K.ライコネン:1
・R.バリチェロ:−1
・L.ハミルトン:−1
・N.ピケJr:−1


【蛇足→】
タグ:F-1 2008年
posted by 葵日向 at 00:22| Comment(0) | TrackBack(0) | F-1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月12日

家族って…

「不思議だね、帝架」
「うむ?」
「血のつながりなんてない、一緒の時間もほんのちょびっと、
 特別なにかがあったわけじゃない、それでも――
 ぼくは、こんなに優歌を助けたいと思ってる」

 優しさを知った生物兵器は、百獣の王につぶやいた。

「不思議だね、帝架、それがきっと家族なんだよ」
「家族――」
「うん。家族だから、守りたいと思う。多分それだけのことなんだ」

 不思議だね。不思議だけど――雹霞は朗らかな声音で。

「きっと当たり前のことなんだよね。
 家族って、そういうものなんだよね」

(狂乱家族日記 壱さつめ 第四の乱 約束)
「うそつき」「ちーちゃんは悠久の向こう」がとても面白かったので、
いよいよ「狂乱家族」に手を出してみました。
最初は「普通に面白い」という感じでしたが、
帝架くんと雹霞くん、そして優歌ちゃんがとても好感を持てる子だったので、
みるみる「とても面白い」本になりました。
たぶん明日あたり、いそいそと「弐さつめ」以降を買いに走る予定。

それにしても、こういう「家族愛」とか「友情」とか好きだなあ。
なんか、ものすごく感情移入しちゃうんですよね。
みんなみんな、幸せになって欲しいなあって思います。

「孤独とはね、いてもいなくても同じということだよ。
 存在の否定だ。あり方の否定だ。それはね――とても悲しい。
 一人でいるのと独りであるのとは全然違うことなのだ。
 共に遊べる友達が欲しい。一緒にいられる親友が欲しい。
 愛してくれる恋人が欲しい。競い合えるライバルが欲しい。
 分かってくれる理解者が欲しいし、助けてくれる指導者が欲しい。
 独りは、嫌だ」
「…………」
「だから私達は一族(ファミリー)を――家族を作った。
 それが零崎一賊の原点さ。匂宮や闇口とは本質が違う」

(零崎双識の人間試験 第三話 早蕨薙真(1))
大型連休中に帰郷したあとって、どうしてもホームシックになりがちです。
一人の部屋が静かで寂しくなるんですよね。
電話やチャットをしているときは、そういう気持ちを忘れることができるけど、
五月病みたいに精神的に弱ってるときは、ちょっと辛いです。

「零崎は、絶対に家族を見捨てない」

(零崎軋識の人間ノック 狙撃手襲来)
家族は大事です。


【EDチューン:「同じ空の下で」 by KOTOKO】
posted by 葵日向 at 07:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

五月病…

モチベーションが不安定です。
週末は思いっきり遊ぼうと考えていたのですが、
体力・精神力ともに下降気味で、予定通りに運べませんでした。
そして、明日からはまた忙しい毎日が始まります。
7月までは連休祝日もありませんし、気が重いです。
これが五月病なのかなあ。
posted by 葵日向 at 00:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・近況 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月10日

デザインは思いやりの心…

自分のわがままを精一杯発揮して、
そのわがままな発想を思いやりに変えていく。
それがデザインなの。
それが芸術とはちょっと違うかもしれない。

デザインというのは、自分のわがままな発想を、
社会から「これは思いやりのあるわがままなんだな」って思ってもらえる、
そういう形に変えてあげることなのです。

(「ドリームデザイナー」川崎和男 より)

デザインとアートの違いについて、
質問されたり考えたりすることが多かったのですが、
まだしっくりとする回答を見つけられていませんでした。

上記は、先日、古本屋さんで購入した恩師の著書にあった言葉。
「デザインは思いやり」という考えに、なるほどと思いました。

芸術は自分の心情・考えを表現するもの。
デザインは自分の考えを、みんなに通じる思いやりに変えて表現するもの。
その違いなんだなあ。

今さらになって、やっと教授の言葉が理解できるようになりました。
学生時代にもっとたくさん学んでたら、もう少し理解できたのかなあ。
もったいなかったなあ。
posted by 葵日向 at 00:40| Comment(0) | TrackBack(0) | デザイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月08日

RPG世界の役職…

RPG世界にも大抵「職業」があります。

【例】

 ・勇者
 ・戦士
 ・僧侶
 ・魔法使い
 ・武道家
 ・盗賊
 ・商人
 ・遊び人

そして、職業ごとにステータスの伸び方や覚える特技が異なります。
が、今回つぶやきたいことは、そんなことではありません。

魔法使いは分かりやすいです。
名前の通りに魔法(呪文)を唱えてますから。
僧侶は見たとおりです。覚える特技も僧侶らしいです。
武道家、盗賊、商人も分かります。
遊び人は「道化師」や「踊り子」が適切かと思いますが、まだ許容範囲です。
勇者はいよいよ何をもって勇者なのか分かりにくいですが、良しとしましょう。

でも……。
戦士には納得できません。
戦士って何ですか?
戦う職業?
だったら、冒険に出ているみんな「戦士」じゃないでしょうか?

主に自分の肉体を武器に戦う職業が「武道家」で、
それに対して、主に武器で戦う職業が「戦士」らしいですが。
「魔法使い」がいるんだから「武器使い」がいても良いと思うんだけど。
……やっぱり、格好悪いかな?
posted by 葵日向 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スティール・ボール・ラン vol.15

スティール・ボール・ラン vol.15

やばい!超絶かっこいい!!

いつもかっこいい表紙ばかりだけど、今回はさらにかっこいい!
黒背景に赤が映える映える!
黄のアクセントもすごくいい!

作者近影も、相変わらず面白い試みだなあと。
posted by 葵日向 at 23:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月01日

ちょっと意外だったアンケート結果…

講談社『BOOK倶楽部メール』2008年5月1日号 Vol.234に、
次のようなアンケート結果が載っていました。

【Q2】本を読むとき音楽を聴きますか?

・ほとんど聴かない…42%
・絶対聴かない…27%
・聴いたり聴かなかったり…26%
・たいてい聴く…4%
・必ず聴く…1%

【Q3】音楽を聴く方…どんな曲、ジャンルを聴くか決まっていますか?

・決まっていない…68%
・だいたい決まっている…24%
・必ず決まっている…9% ⇒「クラシック」「ジャズ」が多数
僕は本を読むとき、たいてい音楽を聞くので、
このアンケート結果には、少し驚きました。
もっとみんな、音楽を聞きながら本を読んでると思ってたのに。


音楽を聞くことって、
比較的ほかのことをやりながらできるとこが利点だと思ってます。
だから、パソコン上で画を描いたり、テキストを読むときも
たいていiTunesでなにか音楽を聞いてることが多いし。

確かに聴覚にも意識をある程度使う分、熟読はしにくくなるかもしれません。
でも、例えば物語を読むときなどには、
良いBGMになってるんじゃないかなあとか思ってます。
というか、無音で読むとなんだか耳が寂しく感じられたり。


とは言うものの、
【Q4】音楽の印象とともに記憶に残っている本は?
という問いには、答えられるほど印象がなかったりします。
たぶん、聞いてる音楽と読んでる本に、特に関連性がないからかもしれません。
(てことは、さっき書いた「物語のBGMとしての音楽」はでまかせじゃん)

だって、よく考えてみれば、
音楽を聞く時間と、本を読む時間の長さは同じじゃないですから。
ある本を1冊読み終えるまでには、何曲も耳にするし。
また、ある本を読んでるときに聞いた曲を、
別の本を読んでるときに聞くことだってあります。
だから、「音楽の印象とともに記憶に残っている本は?」を聞かれても
即座に、頭に浮かぶものがないのかもしれません。


(読んでるときは、「あ、この選曲最高!」とか思うことも多いんですけどね)
(つまり、記憶力がよろしくないってことですね)
posted by 葵日向 at 21:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

そっと隣に座って寄り添ってあげる…

本当に辛いときは、気遣いの言葉も届かないことがあります。
そんなときは、そっと隣に座って寄り添ってあげたい。
僕はいつでも君の隣にいるよ、と。

【EDチューン:「Stand By Me」 by Ben E King】
posted by 葵日向 at 00:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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