2008年03月28日

君は君の感情を大切にしなよ。僕は僕の感情を大切にするから…

なんか長いタイトルになっちゃったけど。
人は少なからず人に合わせて生きているってことです。

例えば、みんなが良いと評価しているものはなかなか否定しづらいですよね。
また、みんなが悪いと評価しているものを良いと主張することは容易じゃないです。
その結果、あまり好きではないものでも好きだと言ってしまったり。
自分はいいなと思っているものでも、みんなと一緒になって否定してしまったりします。

特に後者の場合、好きなものを否定してしまうケースが割と多いような気がします。
前者の場合は、天邪鬼な感情が働くのかな。
みんなが良いと言っていると、余計に否定したくなる人も少なくないみたい。
でも、みんなが良くないと言っているものを自分は良いと思う、と言える人は少ない。
なぜなのかな。
否定の力の方が強いからかな。
自分が良いと思っているその感情までも、否定されてしまいそうな気がするから?

例えば、僕はt.A.T.u.が好きで今でもたまに聴いていたりするんだけど。
ミュージックステーションのドタキャン事件から、主張しづらい雰囲気になっちゃいました。
以前から否定的だった人については別に気にしてないんだけど。
以前は好意的だった人まで否定的になったのは、少し残念というか不思議。
確かに理性的な部分では否定的になるのは理解できます。
でも、音楽って感情的な部分だよね。
そこはそう簡単には変わらないんじゃないかなと思うのですけど。

「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」なのかな。
どうもそれだけではないような気がしてます。
おそらく、好意勢力と否定勢力の力関係が逆転したからじゃないかな。
言葉は良くないけど、「迫害」に近い印象を受けます。

さっき、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」を連想したけど。
じゃあ逆に、「あばたもえくぼ」になることもあるんじゃないかなと思ったり。
理性的には「こんなの大したこと無いや」と考えていても。
ほんの些細なことが心を打って、そこから全てが輝いて見えるような。


■まとめ

要点が見えなくなってきたんで、まとめ。

人は自分が思ってる以上に周の感情に流されやすい。
特に、負の感情に抗うのは結構な勇気が必要で、相当好きじゃないと抗えない。
だから情報を発信する人は、発信する感情に少し気を使わないといけないかもしれない。
それは負の感情を出さず、偽りの感情を装えということでは決してなくて。
情報を受け取った人が、自分の感情を保てる余地をあげること。

「あんなの駄目だよなー。あんなの好きなやつ理解でねー」とか。
「絶対これ良いって。これ理解できないやつ信じられねー」とか。
そういう風に感情を押し付けなければ、大丈夫だと思う。
あとは、同様の感情を持つ人が集まったときにも、同じように配慮できるかどうかかな。
「僕はこう感じるんだけど、君はどう感じる?」っていう風に。


■関連ページ

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posted by 葵日向 at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 思考・雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
僕の周囲は、みんなが認めるものを否定すれば評価されると思っているおバカなクライアント、否定すればかっこいいとおもっていた大学の友人、そんな人ばかりですw

確かに、大衆に無闇に迎合するというのは良くないです。それを踊らされるというわけで。まぁ、踊らされているフリをするのが賢いという噂もw それが実は「空気を読む」ってことの一部ではあるのですが。

t.A.T.u.の件は、アーティストを既存のモラル範疇ではかっていいのかというまた別の議論になってしまいますが、日本人の多くはそのような視点でものを見ていますね。

実際のところ、人はその対象の「何が好きだったのか」ということを突き詰めて考えたりはあまりしないかなと思います。自分の総合的な価値基準で、なんとなく良し悪しを言うのではないかと。特に何かを表現する立場でないのなら、僕は自分の意見を毎回言う必要はないとも思います。
ただ、自分の言葉で戦っていく人は、そういう些細な場面でも、きちんと自分を見つめねばならないんじゃないかとも思います。

つまり結論は、「別に一般人なら別に迎合しようがいいんじゃね?」ってのと、「人に偉そうなこと言うつもりなら、自分を知ってもの言ったらいいんじゃね?」ってことですねww
Posted by 夏目 環 at 2008年03月29日 00:16
夏目 環さん、いらっしゃいまし♪

んー、そうか。
空気を読むことで上手く人間関係が保たれてたりしますしね。
どうも、その辺を僕はあまり受け入れ難いのかもしれません。
面倒くさいから本音トークしようよ、って思っちゃうんですよね。
だから、相手に本音を言わせづらい雰囲気は作りたくないなあと。

自分の感情の源泉をたどるのって難しいですよね。
自分を観察するのって、実はとても難しいんだなあって。
Posted by あおい at 2008年03月30日 14:46
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