2008年08月05日

満員電車と満員バスの違い…

満員電車と満員バスの混雑の仕方には、大きな違いがあると思います。

電車の場合、単純に利用者が多いために満員になります。
そのため、解決方法として電車の本数や車両数を増やすことで対応しています。
一方バスの場合、本数と乗車可能数が少ないために満員になります。
特に雨天時は、利用者の増加と交通渋滞による本数の減少により、満員状態となります。

では、満員時の電車とバスの対応を比較してみましょう。

電車の場合は、基本的に定員という概念がないらしく、乗れるだけ乗ろうとします。
これは乗客も駅員も同じ考えらしく、すでに満員状態でもむりやりに押し込んで乗ろうとします。
一方バスの場合は、車内がすでに満員状態だと運転手の判断で、乗車を制限します。

過度な満員状態は、不慮の事故や突発的な病気等を引き起こす可能性があります。
また、痴漢行為の苗床ともなりえます。

駅員の方には、満員時に乗客をむりやり押し込むのではなく、
定員を見きわめ制限するよう働きかけていただきたいです。
posted by 葵日向 at 22:49| Comment(3) | TrackBack(0) | 呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月16日

質問文に対し、質問で答えるとテスト0点です…

質問を質問で返すと怒られます、普通は。
しかし、そんな「普通」が通用しない世界があります。
それは「営業電話」です。
 僕:「はい、○○○○です」
営業:「あのー、××さまはお見えでしょうか?」
 僕:「申し訳ありませんが、どちらさまでしょうか?」
営業:「××さまは、本日ご不在でしょうか?」
 僕:「あの、どのようなご用件でしょうか?」
営業:「××さまは、いらっしゃいませんか?」
 僕:「××は終日外出中ですが、どのようなご用件でしょうか?」
営業:「あ、ご不在ですか。では、また後日かけなおします」
最初に、質問文に対して質問を返したのは、僕ですが……。
しかし、名前と用件をいただかないと繋げられない電話もあるので、
そう考えると、質問を質問で返しているのは営業さんだと思います。

こちらの質問には一切答えていただけないので、
仕方なく「終日外出中」という単語(※)で様子を見ると、
自分の仕事は終えたとでもいうように、一方的に通話が切れます。
あとに残るのは、どうも釈然としない気持ち。
(※)営業を撃退する魔法の言葉。隣に座っていても「終日外出中」

質問を質問で返すと、
場合によってはひどい惨劇に巻きこまれるかもしれません。

【例1】K良吉影とM那子の場合
K:「わたしはK良吉影。君の名を聞かせてもらえないか?」

          ---中略---

K:「君の『名前』は?と聞いたんだがね…………
   わたしは名乗ってみせたんだ……
   聞かせてくれてもいいんじゃあないか?」
M:「ハウハウ。
   か…彼。
   あたしの彼を…いったい?」
K:「質問を質問で返すなあーっ!!
   わたしが『名前』はと聞いているんだッ!

   疑問文には疑問文で答えると、学校で教えているのか?
【例1】Mウンテン・ティムとOエコモバ
M:「オレの知り合いか?
   おや!全然違ったあああ。
   だが、なぜ他人の部屋に入り、荷物へ手をかける?」
O:「Gイロ・ツペリを探してる。どこにいる?」
M:「おっと、会話が成り立たないアホがひとり登場〜〜〜。
   質問文に対し質問で答えるとテスト0点なの知ってたか?
   マヌケ」
どちらの例も、関係者が過剰に熱くなり、
最終的には、なぞの爆発に巻き込まれ、死傷する事態になりました。

質問を質問で返されることは、
自分の話をちゃんと聞いてもらえないことであり、
自分の話を聞いてもらえないということは、結構なストレスです。
ストレスがたまれば、いずれ破裂し、いらぬ衝突を引き起こします。
もしかしたら、なぞの爆発が発生し死傷者が出るかもしれません。

そうならないように、
質問にはきちんと答えるよう、心がけることが最低限のマナーでしょう。
posted by 葵日向 at 07:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月22日

ジャンクSPORTS視聴中…

ジャンクSPORTSを見てます。
スポーツ好きの芸能人大集合SPらしいけど、
なんでF1好きの堂本光一を呼ばないんだろう。
今夜フランスGP決勝だよ。
フジテレビは何を考えてるのかな。
posted by 葵日向 at 20:17| Comment(3) | TrackBack(2) | 呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月08日

ぽつぽつと呟く…

●「ef a tale of memories」のOPが素敵


ef - a tale of memories OP(英語版)


ef - a tale of memories OP(日本語版)


ef - a tale of memories OP(最終回版)

色使いとか、曲とカットのシンクロがすごく好み。
サビ前(50〜55秒)あたりからの展開がすごく好きです。

なんか「ぱにぽに」っぽい色使いだなあと思ったら、
同じ監督&制作会社でした。


ぱにぽにだっしゅ! OP(黄色いバカンス)


ぱにぽにだっしゅ! OP(ルーレット ルーレット)


ぱにぽにだっしゅ! OP(少女Q)


●メトロポリタンミュージアムって怖い?


メトロポリタンミュージアム

「幼少のトラウマソング」として名前が挙がることが多いみたいだけど、
僕はぜんぜん怖くないというか、ものすごく好きな曲の1つなんだけど。
もしかして「怖い」の感覚が少しずれてるのかな?


●物語りたい……

「少女と猫」を主人公にしたお話を描きたいなあと思ってます。
(いつもそう言っておいて、なかなか作れてないんだけど)
焦らず、ちまちま描いていこうかなあと思います。


●日記継続中!

FACE 2 FACE」にて日記更新中です。
とりあえず「書き続ける」ことで、脳を刺激し続けたいなあと。
そうすることで、ブログの更新頻度も回復したらいいと思う。
posted by 葵日向 at 13:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月03日

車の値段をもっと下げる案…

若者の“車離れ”加速…ネット世代は、自動車に対する価値観違う
「ステータス」今は昔 若者“車離れ”加速 販売減、レンタカー増

タクシーやフォーミュラカーのように、一般自動車も「広告塔」として利用し、
スポンサー料をキャッシュバックするシステムにすれば、車の値段を低く抑えられるんじゃないかな。
というか、車に乗って街中を走ってくれるだけで、車メーカにとっては広告になるんだから、
購入価格から「街頭広告費」を引いてくれてもいいと思う。

そういえば、T京ではホイール広告が規制されてるみたいですね。
posted by 葵日向 at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

見たい番組だけを見せて…

先日、見逃した番組を再放送で見ようとテレビをつけたら、
スポーツが延長していて、途中からの放送となった。
中継を延長したため、次の番組を途中からお送りいたします。
ご了承ください。
ご了承できません。
わざわざCSに加入してるんだから、見たい番組を見せてほしいです。
再放送だから途中からの放送になったのかもしれないけど、
再放送をあてにして、初回放送を見逃してもいいやというのCSの良いところのはず。
こんなことがあると、あまり信用できなくなっちゃう。

番組表という形式じゃなく、見たい番組だけをばら売りしてくれるとありがたいと思う一方で、
そうなると、チャンネルを無作為に変えて面白そうな番組を探すことはなくなるなあとも思う。
Twitterとかで話題になってて、「ちょっと見てみたい」番組の敷居がぐっと上がりそうだし。
延長しそうな番組だけ、他チャンネルで放送してくれればいいのかなあ。
posted by 葵日向 at 07:32| Comment(2) | TrackBack(0) | 呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月01日

decorated sports〜過剰装飾されたスポーツ番組〜

スポーツ番組を見ると、いつも思うことがあります。
どうして、そう煽り立てようとするのだろう

とても不思議。
スポーツはそのまま、ありのまま見ても十分面白いのに。
なぜテロップを入れたり、頻繁にカメラ映像を切り替えたり、
頼みもしないのに凝ったプロモーション映像を作ってみたり、
メリハリのない、常に叫ぶだけで内容の薄い実況まがいをするのでしょう。
もしかしたら、放送局はスポーツを好きではないのではを思うこともしばしば。
だって、もし本当にスポーツが好きだったら、こんな余計なことをしないと思う。


なにごとも事前の準備がいちばん大切

事前の準備がなにより大切。その次に本番の仕上がり。
その後の加工は最低限、素材のよさを引き出す程度にとどめる。

これはすべてのことに言えると思います。
まずはじめに計画ありき。
どのようなコンセプトで、どのようなものを作り上げたいかをとことん考えます。
その上で綿密な練習を重ね、計画通りに本番を行えるように仕上げます。
この時点で、ほぼ作品のできは決定します。
孫子の兵法でもあるとおり、「勝敗は戦前に決定している」のです。

本番は計画にそって進め、うまくいかなかったところを加工して整える。
採点方法で言えば、計画〜準備までは加点法。本番〜加工は、減点法でしょう。
でも多くの番組プロデューサは、本番〜加工を加点法と捉えているみたいです。
むしろ本番〜加工を重要と考え、ここでどれだけ点数を稼げるかと考えているのではないでしょうか。
というか、計画の段階から「いかに加工するか」に注力しているような気がします。


スポーツ番組を料理に例えてみた

読書ログでもやりましたが、面白いのでスポーツ番組も料理に例えてみましょう。

スポーツの生観戦は、刺身やサラダです。
素材の味をそのまま味わえます。

それに対して、スポーツ番組は揚げ物です。
なかには、くどいほど濃いソースがかかっているものも珍しくありません。
当然カロリーが高く、あまりたくさん食べたいとは思えません。
地上波のスポーツ番組は、特にこの傾向が強く見受けられます。

その点BSやCSのスポーツ番組は、まだ素材の味を活かそうという気配りが感じられます。
なるべく素材のよさを殺さないよう薄味で仕上げ、料理に合ったワインを注いでくれるような。

どれを選ぶかは、好みやそのときの条件によると思いますが、
僕はなるべくBSやCSを選ぶようにしています。
地上波は味がくどすぎて、CSに慣れた僕には合いません。


関連ページ

セーフティカー(SC)ルール変更について−Impromptu Detour SE
 この文章を書こうと思ったきっかけ。
どっちにしても映像扱ってる人が数字に踊らされてこんな下らんテロップ、
ナレーションを入れないといけないのも可愛そうなもんだ。
もっとも数字以前の問題で、本気でそれが良いと思ってるのかも知れんが。
 より視聴率を稼げる(と思っている)方法を選んでいるのだろうけど、
 とてもそうは思えないってのが、いち視聴者としての率直な感想です。

サッカーの実況は面白い…
 そのスポーツに精通していないアナウンサーは、あまり喋らない方がいいと思う。

プロ野球の人気低迷について…
 羊頭狗肉というか、グリコとおまけというか。
 どちらが主で、どちらが従なのか分からなくなってると思う。

スポーツアナは何を目指しているのか…
 アナウンサーは自分がメインになろうとしてはいけないと思います。
posted by 葵日向 at 17:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月25日

スマートインタフェース…

前回の「スマートプロダクト…」の続き。

多機能な製品は、得てして説明書が分厚くなりがちです。
分厚い説明書は読む気が起きづらく、結果的に読まれないことが多いです。
製品をより使いやすくするための説明書が、その効果を十分に発揮できてない。
では、どうすれば製品の持っている力を存分に利用してもらえるのでしょうか。
先日読んだ本に、次のような文章が書いてありました。
コマンド選択回数は少なければいいわけではない。いかにわかりやすく目的地に達するかがポイント。
時間のかからない不慣れな新しい方法より、時間がかかってもわかりやすい方法を選択するのです。
なぜなら、あれこれ悩まされるほうが、結果的に、ボタンをたくさん押して目的を達するよりストレスを生むからです。

なぜなら、ユーザはゲームの操作方法ごときで、考えさせられたりするのを好まないからです。

(ゲームデザイナーの仕事 プロが教えるゲーム制作の技術)
例えばウェブサイトの場合、なるべくクリック数を減らすべきだという考え方があります。
サイトの階層が深くなればなるほど、そこまで潜って読まれる可能性は低いというものです。
しかし、クリック数を減らすために分かりにくい手法をとるくらいだったら、
分かりやすくてもクリック数を増やした方が、ユーザにとっては使いやすい場合が多いでしょう。
なぜなら、「ユーザはウェブサイトの閲覧方法ごときで、考えさせられるのを好まない」からです。

多少冗長でも使いやすい手法を採用すること。
それが多くの人に快適に製品を使ってもらう秘訣なのかもしれません。
posted by 葵日向 at 14:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月22日

スマートプロダクト…

家電製品を購入するたびに思うこと。

「どうして、こんなに取扱説明書が分厚いんだろう?」

辞書のように分厚く、場合によっては数冊からなる説明書。
正直、読むのが大変億劫です。
あれを丁寧にすべて読んでいる人は、購入者の何パーセントでしょうか。

一方、文具や調理道具などは説明書がシンプルです。
製品のパッケージに、最低限の使用方法が書かれている程度です。
大抵の場合、その説明を読まなくても使用には困りません。
なぜなら、製品の機能・使用方法が直感的で明確だからです。

では、なぜ家電製品の説明書は分厚くなってしまうのでしょうか。
答えは、先ほどの例の裏返しになるでしょう。
つまり製品の機能が複雑で、かつ使用方法が多岐にわたるだからです。

例えば、ケータイ。
これはもう「携帯する電話」ではありません。携帯コンピュータです。
機能は多彩で、そのすべてを使いこなしている人は少ないと思われます。
当然、説明書は分厚く数冊あるため、読むのが億劫です。
昨今では、小学生がケータイを持つことも珍しくはありませんが、
あの説明書の分量は、とても小学生向きとは思えません。

さて。
では、もし「携帯する電話=携帯電話」があるとすれば、
その説明書はケータイよりもはるかに薄いだろうと想像できます。
もしかしたら、説明書はないかもしれません。
なぜなら、電話の機能・使用方法は日本人の常識となっているからです。
店頭の説明で十分だろうと思われます。

説明書の入っていない家電製品の例に、iPodが挙げられます。
iPodの機能は明快で「音楽プレイヤ」ですが、
その使用方法は、初めて使う人に少々戸惑いを与えるでしょう。
というのも、従来の音楽プレイヤとはユーザインタフェースに違いがあるからです。
つまり、音楽プレイヤの常識が通用しないからです。

しかし、それでもiPodが成功した理由として、僕が考えるのは、
最初の使いにくさを補って余りある魅力が、iPodにあるからだろうということです。
iPodを放置しておくと、うたたねから始まって、最後には深い眠りにつく
――これは驚くべき発想だろう。
だが現実の使用感としては、これが常に理想的な動作の仕方とは限らない。
iPodを買った人は、しばしば電源をオフにしようとして色々なボタンをデタラメに押しまくった末に、「再生」ボタンを三秒程度押し続けると電源が切れる(何だそりゃ?)ことを学習する。

(iPodは何を変えたのか? 第三章 オリジン(起源))
だから結論として。
製品が魅力的ならば、使い始めの不便さは許容されると考えられます。
しかし、説明書を読むという行為に魅力を感じることは難しいでしょう。
そんな暇があったら、一刻も早く製品をいじりたいと考えるのが自然ではないでしょうか。
よって、目指すべき製品の形とは、
説明書がなくてもいじりながら使い方を学習できるものだと推測できます。

でも、製作側としてはユーザから質問・苦情を受けた際、
説明の責任を放棄していないと示すことができる、
分厚い説明書を用意するのが安心なのでしょうね。
posted by 葵日向 at 00:20| Comment(6) | TrackBack(0) | 呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月15日

朱に交わっても、気高き青色のままで…

顔料の混色は減法混色と呼び、
色を混ぜれば混ぜるほど、「明度」と「彩度」が下がります。
また一般的に、三色以上の混色は「汚い」と言われてます。

さて、タイトルに戻ります。
上京して1年。
社会に出て働き始めて1年が経ちました。
仕事にもだいぶ慣れました。
しかし、この「慣れ」が一番怖いのだと、最近再確認しました。

仕事は現実的です。
そして、それ以上に経済的です。
理想主義では立ち回っていかないものです。
しかし、それにしても正しくないものが多い気がしています。

ベストでもベターでもなく、「ほどほど」を選ぶとき。
その場しのぎの、あまりよろしくない案が選ばれるとき。
何だか悲しくなります。
そして、そんな毎日に慣れ始めている自分に気づいて怖くなりました。

朱に交わることで、澄んだ青がだんだんとくすんだ紫になるような。

精神を、志を高く持たなくてはいけないと思いました。


朱に交わっても、変わらず以前のような澄んだ青のままでいられるように。
posted by 葵日向 at 23:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月13日

商売へのアプローチ…

電車の中、目の前に座っている人が読んでいる本に、
次のようなことが書いてありました。
何が売れるか分かれば、確実にもうけられる
確かに需要をしっかりと把握できれば、利益は上げられるでしょう。
しかし世の中には、「売れるけど正しくないもの」もあります。
一時的な流行で売れているけど、ただそれだけで、
そこに何かしらの考え、「思いやり」がないものがあります。
だから、僕は上記の言葉は「正しい」とは思えません。

僕が正しいと思う言葉は、
正しいものを作れば、きっと誰かがあとに続いてくれる」です。

正しいものは必ずしも売れるとは限りませんが、滅びることはありません。
その遺志は誰かに引き継がれ、いつか世界に受け入れられるはずです。
おそらく売れないものというのは、
時代を先取りしすぎたか、間違っているかのどちらかではないでしょうか。
posted by 葵日向 at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月08日

RPG世界の役職…

RPG世界にも大抵「職業」があります。

【例】

 ・勇者
 ・戦士
 ・僧侶
 ・魔法使い
 ・武道家
 ・盗賊
 ・商人
 ・遊び人

そして、職業ごとにステータスの伸び方や覚える特技が異なります。
が、今回つぶやきたいことは、そんなことではありません。

魔法使いは分かりやすいです。
名前の通りに魔法(呪文)を唱えてますから。
僧侶は見たとおりです。覚える特技も僧侶らしいです。
武道家、盗賊、商人も分かります。
遊び人は「道化師」や「踊り子」が適切かと思いますが、まだ許容範囲です。
勇者はいよいよ何をもって勇者なのか分かりにくいですが、良しとしましょう。

でも……。
戦士には納得できません。
戦士って何ですか?
戦う職業?
だったら、冒険に出ているみんな「戦士」じゃないでしょうか?

主に自分の肉体を武器に戦う職業が「武道家」で、
それに対して、主に武器で戦う職業が「戦士」らしいですが。
「魔法使い」がいるんだから「武器使い」がいても良いと思うんだけど。
……やっぱり、格好悪いかな?
posted by 葵日向 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月01日

そっと隣に座って寄り添ってあげる…

本当に辛いときは、気遣いの言葉も届かないことがあります。
そんなときは、そっと隣に座って寄り添ってあげたい。
僕はいつでも君の隣にいるよ、と。

【EDチューン:「Stand By Me」 by Ben E King】
posted by 葵日向 at 00:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月12日

大手ニュースサイトは大事なものを盗んでいきました…

きちんとリンクも貼れないニュースサイトは滅びろ!−最終防衛ライン2

webって、「情報」と「表現」と「発信者」を切り離しやすいメディアなんだよね。
そして、切り離した「情報」を容易に複製し、別の場所に転載することができる。
その一方で、情報同士を結びつけることもまた容易です。

なんだか無断リンクや無断転載の問題って、「クラスの内緒話」の問題に似てる気がする。
「ここだけの内緒話」が、いつの間にか他の人にも知れ渡っていたのを知ったときのような。
もしくは、自分の知らないところで陰口を叩かれていたのを耳にしたときのような。

たぶん両者に共通する想いは、情報から「発信者=自分」を切り離さないでってことだと思う。
もっと言うと、自分の知らないところで間違った解釈をしないでってことなのかもしれない。

僕は別に、どんな風に解釈されようがあんまり気にしないかな。
でも、もし面白いと感じてくれてる人がいたら、一緒に話したいなとは思うかなあ。
posted by 葵日向 at 22:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月13日

理解と扱い…

理解し思いやってくれるのは嬉しい。
でも、把握され上手く扱われるのは嫌。
分かるかな、この違い。

例えば、僕は甘いもの特に洋菓子が好きなんだけども。
それを知ってて喜ばせようと、甘いものをお土産に持ってきてくれると素直に嬉しい。
でも、甘いものをあげとけば好感度が上がるだろうとか、そういう魂胆があるのは嫌。
そして、これらは相手にそんなつもりがなくても、そう思われてしまったら駄目。
つまり、同じ気持ちで同じ行動をしても、それがどう伝わるかは本人(僕)の受け取り方次第ってこと。

例えば、友達がお菓子を持って遊びに来たとき。
そこに何らかの下心があったとしても、僕はたぶん気づかないと思う。
素直に喜んで「ありがとう」って微笑むだろう。
でも別に親しくない人が、突然同じようにお菓子を持って遊びにきたら。
それが本当に喜ばせようという善意からだったとしても、僕はその気持ちを受け取ることができないだろう。
何か裏があるんじゃないかな、と疑ってしまうと思う。

気持ちが伝わるかどうかは、日々の意思疎通の積み重ねによる信頼関係に依存してるんだなあ。

で、話を最初に戻すと。
誰かに自分を理解してもらいたいっていう気持ちは、誰でも少なからずあると思う。
でも、それは誰にでも理解されたいんじゃなくて、信頼している人に理解してもらいたいんだろうなあ、と。
もし、あまり親しくない人が自分のことを理解し喜ばせようとしてくれたとしても、それを素直に受け取れないだろうから。

誰でも無条件に信用するのって、思ったよりも難しいんだなあ。
それが最近になって、やっと分かりました。
posted by 葵日向 at 20:15| Comment(1) | TrackBack(0) | 呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

一人歩きするイメージ…

イメージタレント。
イメージ戦略。
誰それのイメージ。

世の中にはイメージが溢れている。
それらは最初は対象自らが発していたものが、いつの間にか簡略化され誇張され、受け手が勝手に思い描くものになっていく。
そして時に、そのイメージは発信者へと舞い戻ってその行動を制限しようとする。
だって、ボクはこういうイメージだから。
こう振舞うのが正しいんだから、と。

イメージ通りに振舞わないと非難を受けることもある。
幻滅。
イメージが崩れた。
あんな人だとは思わなかった。
などなど。
勝手にイメージを作り上げて、それで縛ろうとし上手くいかないと非難する。
なんて自分勝手で我侭なんだろう。

何かにイメージを求めるということは、対象の可能性を1つに限定することだと思う。
つまり、束縛。
そこから逃げ出そうとするものには、否定の言葉を発して自分を正当化する。
イメージを求める心理は分からなくもない。
というか、僕もよく勝手なイメージを抱くことが多い。
なぜなら、イメージを持つということは対象を把握しやすくすることであり、その結果安心を得られるからだ。

でも、それが上手くない方法だってことも知ってる。
だって、縛られたらそこから逃げ出したいって思うのが普通じゃん。
それを、幻滅したとか言って否定するのはどうなんだろうなあ。

【蛇足→】
posted by 葵日向 at 08:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月12日

偽りの優しさよりも、本当の言葉を…

好きな人には嫌われたくない。
だから優しい言葉しかかけない。
優しい言葉は確かに気持ちいい。
傷つくことがないから安心できる。
でも、味気ない。

好きならば本当の言葉を紡がないといけない。
例えそれが優しさのない、残酷な現実だとしても。
言葉を着飾ることは誰でもできる。
優しいだけの言葉なら誰でも話せる。
でも、本当の言葉を話せる人は限られている。
本当にその人のことをよく見て、想っている人だけ。

【蛇足→】
posted by 葵日向 at 21:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月10日

どうして“他人の顔”を借用しようとするのかな…

小説に限らないんだけど、名作のタイトルをパロった作品って結構多い。
別に悪いとは思わないんだけど、タイトルや章も作品の一部なんだよね。
というか、作品の顔といってもいい大事な部分だと思う。
それなのに、パロる必要が本当にあるのかなという作品が多い気がする。
いい響きだから使ってみたいと思うのかな。
でもパロることで生じる弊害も多いと思うんです。
だって元ネタが存在するんだから、どうしてもそのイメージがついてまわる。
もっと独自のタイトルをつけてもいいと思うんだけど。

どうして“他人の顔”を借用しようとするのかな。
posted by 葵日向 at 07:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月08日

K祥寺…

友達と遊んで帰る電車の中。
「次はK祥寺、K祥寺です。お出口は左側…」という車内アナウンスが、
なぜか「吉ジョージ」と脳内変換された。

    ヾヽ
    /  ヽ
   □□- |
    |〈   |
   ヽ---丿
     ̄  

…誰、それ?
posted by 葵日向 at 23:04| Comment(2) | TrackBack(0) | 呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

もっと便利なスケジューラが欲しい…

会社には卓上型のカレンダが置いてあって、そこに予定を書き込んでる。
もちろん、Googleカレンダなどのデジタル環境も使ってはいるんだけど、
やっぱり、さっと書きたいときは卓上カレンダに書き込むことが多い。

そこで問題が発生する。
Googleカレンダならばネットワーク上のどこからでも参照できるのだが、
卓上カレンダの場合はそうも行かず、結局コピーをとらなければいけない。
同期・共有できないのは不便だなあと常々思う。
しかし、入力のしやすさでは優れているので手放すことができない。

卓上カレンダをネットワークに繋げられたら良いのにと、いつも思う。
DSのタッチペンをインターフェイスにしたらどうかな、とか。

(ケータイがあるんだから、ケータイをもっと活用すればいいんだけどね)
(やはりペン入力は廃れないと思うんだよね、偉大だ)
posted by 葵日向 at 16:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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