2008年06月02日

日記をつけ始めます…

初心にかえって、日記を書こうと思います。

FACE 2 FACE

大学1年生の夏にサイトを作って、今年でかれこれ6年目なのですけど、
ここ4年くらいはまともに更新していませんでした。
というのも、ブログの方が更新が便利すぎたからです。
長文になりがちな内容でも、エディタのおかげで簡単に書けてしまいます。
でも、そのおかげで「まったりした日記」はあまり書かなくなってしまいました。

日記はあまり需要がありません。
そんなものよりも、何か思いついたことを書いた方が有意義と思われるでしょう。
でも、だからこそ「まったりした日記」をつけたいなあと思うのです。

仕事で生活がせわしないからこそ、ネット上ではまったりと過ごしたいなあ。
posted by 葵日向 at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・近況 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月01日

decorated sports〜過剰装飾されたスポーツ番組〜

スポーツ番組を見ると、いつも思うことがあります。
どうして、そう煽り立てようとするのだろう

とても不思議。
スポーツはそのまま、ありのまま見ても十分面白いのに。
なぜテロップを入れたり、頻繁にカメラ映像を切り替えたり、
頼みもしないのに凝ったプロモーション映像を作ってみたり、
メリハリのない、常に叫ぶだけで内容の薄い実況まがいをするのでしょう。
もしかしたら、放送局はスポーツを好きではないのではを思うこともしばしば。
だって、もし本当にスポーツが好きだったら、こんな余計なことをしないと思う。


なにごとも事前の準備がいちばん大切

事前の準備がなにより大切。その次に本番の仕上がり。
その後の加工は最低限、素材のよさを引き出す程度にとどめる。

これはすべてのことに言えると思います。
まずはじめに計画ありき。
どのようなコンセプトで、どのようなものを作り上げたいかをとことん考えます。
その上で綿密な練習を重ね、計画通りに本番を行えるように仕上げます。
この時点で、ほぼ作品のできは決定します。
孫子の兵法でもあるとおり、「勝敗は戦前に決定している」のです。

本番は計画にそって進め、うまくいかなかったところを加工して整える。
採点方法で言えば、計画〜準備までは加点法。本番〜加工は、減点法でしょう。
でも多くの番組プロデューサは、本番〜加工を加点法と捉えているみたいです。
むしろ本番〜加工を重要と考え、ここでどれだけ点数を稼げるかと考えているのではないでしょうか。
というか、計画の段階から「いかに加工するか」に注力しているような気がします。


スポーツ番組を料理に例えてみた

読書ログでもやりましたが、面白いのでスポーツ番組も料理に例えてみましょう。

スポーツの生観戦は、刺身やサラダです。
素材の味をそのまま味わえます。

それに対して、スポーツ番組は揚げ物です。
なかには、くどいほど濃いソースがかかっているものも珍しくありません。
当然カロリーが高く、あまりたくさん食べたいとは思えません。
地上波のスポーツ番組は、特にこの傾向が強く見受けられます。

その点BSやCSのスポーツ番組は、まだ素材の味を活かそうという気配りが感じられます。
なるべく素材のよさを殺さないよう薄味で仕上げ、料理に合ったワインを注いでくれるような。

どれを選ぶかは、好みやそのときの条件によると思いますが、
僕はなるべくBSやCSを選ぶようにしています。
地上波は味がくどすぎて、CSに慣れた僕には合いません。


関連ページ

セーフティカー(SC)ルール変更について−Impromptu Detour SE
 この文章を書こうと思ったきっかけ。
どっちにしても映像扱ってる人が数字に踊らされてこんな下らんテロップ、
ナレーションを入れないといけないのも可愛そうなもんだ。
もっとも数字以前の問題で、本気でそれが良いと思ってるのかも知れんが。
 より視聴率を稼げる(と思っている)方法を選んでいるのだろうけど、
 とてもそうは思えないってのが、いち視聴者としての率直な感想です。

サッカーの実況は面白い…
 そのスポーツに精通していないアナウンサーは、あまり喋らない方がいいと思う。

プロ野球の人気低迷について…
 羊頭狗肉というか、グリコとおまけというか。
 どちらが主で、どちらが従なのか分からなくなってると思う。

スポーツアナは何を目指しているのか…
 アナウンサーは自分がメインになろうとしてはいけないと思います。
posted by 葵日向 at 17:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月28日

名作は決して色褪せない…

NHK BS2で「バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3」が放送されていたので、
懐かしい気持ちを感じながら、久しぶりに見ました。

見終わって思ったこと。
それは「名作は決して色褪せない」ということ。
どれだけの時を経ても、決して失われないすばらしさ。
映画でも、音楽でも、小説でも、絵画でもなんでも。
名作はいつの時代でも、人々の心を震わせます。

そして、名作は僕たちに生きる力を与えてくれます。
「辛いこともあるけど、でも頑張ろう!」
そういう気持ちにさせてくれる何かがあります。
Doc :It means that your future hasn't been written yet.
No one's has.
Your future is whatever you make it.
So make it a good one. Both of ya!

ドク:人間の未来は白紙だからだよ。
   未来は自分次第でいくらでも変えられる。
   すばらしい未来を作るんだ。
未来はタイムマシンなんかなくたって変えられる。
だって、未来はまだ真っ白なキャンバスなんだから。
そこにどんな未来を描くのかは、僕たち自分自身なんだから。

【関係ページ】
posted by 葵日向 at 23:16| Comment(0) | TrackBack(0) | エンターテインメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月27日

運気の谷間…

昨日はよくないことばかり起こりました。

まず、晩御飯を作ってる途中で眠くなり、鍋を火にかけたまま仮眠
……見事に焦げました。

そして、パソコンの調子が悪く、勝手に再起動する病気が発生。
さらに、Cookieやデスクトップ付箋メモのデータが消えたりと悲惨。

最後には偏頭痛で苦しみながら就寝。
起きたらのどが痛かったり。
まだ、火曜日。1週間も始まったばかりなのに。
posted by 葵日向 at 07:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・近況 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月25日

F1モナコGP…

今回の「裏」チャンピオンシップは、非常に感情的な採点となるでしょう。

【以下、決勝結果バレあり】
タグ:F-1 2008年
posted by 葵日向 at 23:40| Comment(2) | TrackBack(1) | F-1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スマートインタフェース…

前回の「スマートプロダクト…」の続き。

多機能な製品は、得てして説明書が分厚くなりがちです。
分厚い説明書は読む気が起きづらく、結果的に読まれないことが多いです。
製品をより使いやすくするための説明書が、その効果を十分に発揮できてない。
では、どうすれば製品の持っている力を存分に利用してもらえるのでしょうか。
先日読んだ本に、次のような文章が書いてありました。
コマンド選択回数は少なければいいわけではない。いかにわかりやすく目的地に達するかがポイント。
時間のかからない不慣れな新しい方法より、時間がかかってもわかりやすい方法を選択するのです。
なぜなら、あれこれ悩まされるほうが、結果的に、ボタンをたくさん押して目的を達するよりストレスを生むからです。

なぜなら、ユーザはゲームの操作方法ごときで、考えさせられたりするのを好まないからです。

(ゲームデザイナーの仕事 プロが教えるゲーム制作の技術)
例えばウェブサイトの場合、なるべくクリック数を減らすべきだという考え方があります。
サイトの階層が深くなればなるほど、そこまで潜って読まれる可能性は低いというものです。
しかし、クリック数を減らすために分かりにくい手法をとるくらいだったら、
分かりやすくてもクリック数を増やした方が、ユーザにとっては使いやすい場合が多いでしょう。
なぜなら、「ユーザはウェブサイトの閲覧方法ごときで、考えさせられるのを好まない」からです。

多少冗長でも使いやすい手法を採用すること。
それが多くの人に快適に製品を使ってもらう秘訣なのかもしれません。
posted by 葵日向 at 14:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月22日

スマートプロダクト…

家電製品を購入するたびに思うこと。

「どうして、こんなに取扱説明書が分厚いんだろう?」

辞書のように分厚く、場合によっては数冊からなる説明書。
正直、読むのが大変億劫です。
あれを丁寧にすべて読んでいる人は、購入者の何パーセントでしょうか。

一方、文具や調理道具などは説明書がシンプルです。
製品のパッケージに、最低限の使用方法が書かれている程度です。
大抵の場合、その説明を読まなくても使用には困りません。
なぜなら、製品の機能・使用方法が直感的で明確だからです。

では、なぜ家電製品の説明書は分厚くなってしまうのでしょうか。
答えは、先ほどの例の裏返しになるでしょう。
つまり製品の機能が複雑で、かつ使用方法が多岐にわたるだからです。

例えば、ケータイ。
これはもう「携帯する電話」ではありません。携帯コンピュータです。
機能は多彩で、そのすべてを使いこなしている人は少ないと思われます。
当然、説明書は分厚く数冊あるため、読むのが億劫です。
昨今では、小学生がケータイを持つことも珍しくはありませんが、
あの説明書の分量は、とても小学生向きとは思えません。

さて。
では、もし「携帯する電話=携帯電話」があるとすれば、
その説明書はケータイよりもはるかに薄いだろうと想像できます。
もしかしたら、説明書はないかもしれません。
なぜなら、電話の機能・使用方法は日本人の常識となっているからです。
店頭の説明で十分だろうと思われます。

説明書の入っていない家電製品の例に、iPodが挙げられます。
iPodの機能は明快で「音楽プレイヤ」ですが、
その使用方法は、初めて使う人に少々戸惑いを与えるでしょう。
というのも、従来の音楽プレイヤとはユーザインタフェースに違いがあるからです。
つまり、音楽プレイヤの常識が通用しないからです。

しかし、それでもiPodが成功した理由として、僕が考えるのは、
最初の使いにくさを補って余りある魅力が、iPodにあるからだろうということです。
iPodを放置しておくと、うたたねから始まって、最後には深い眠りにつく
――これは驚くべき発想だろう。
だが現実の使用感としては、これが常に理想的な動作の仕方とは限らない。
iPodを買った人は、しばしば電源をオフにしようとして色々なボタンをデタラメに押しまくった末に、「再生」ボタンを三秒程度押し続けると電源が切れる(何だそりゃ?)ことを学習する。

(iPodは何を変えたのか? 第三章 オリジン(起源))
だから結論として。
製品が魅力的ならば、使い始めの不便さは許容されると考えられます。
しかし、説明書を読むという行為に魅力を感じることは難しいでしょう。
そんな暇があったら、一刻も早く製品をいじりたいと考えるのが自然ではないでしょうか。
よって、目指すべき製品の形とは、
説明書がなくてもいじりながら使い方を学習できるものだと推測できます。

でも、製作側としてはユーザから質問・苦情を受けた際、
説明の責任を放棄していないと示すことができる、
分厚い説明書を用意するのが安心なのでしょうね。
posted by 葵日向 at 00:20| Comment(6) | TrackBack(0) | 呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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